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プロローグ -- 本編 12 ・ 3
          番外編 1
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A.1-4

「な゛ぁ〜っ!そこに直れうぬらっ!勘忍袋の緒が切れた場合はどこに修理を頼めば良いっ!
風が吹いても桶屋は儲からん!石の上に三年なんて居られるかっ!」
うわぁ、この子もう目茶苦茶だ。
猫が怒って毛を逆立てる姿を想像させるような、そんな怒りっぷり。
これはもうどうしようもない。

かくして、セラとジルの恒例の追いかけっこが始まった。
調理室の中を包丁とハンバーグの種を持った二人が騒がしく駆け回ってるのを横目に、
私はグリルに下ごしらえを終えた秋刀魚をセットして火を入れる。
横には平然とした表情で、先ほど沸騰させたお湯で野菜をボイルしているリルグさんの姿。
慣れってのは人を図太くさせる。
それが元で喧嘩になることもあるから、自覚がある人は気をつけるように。

「あの二人っていつもあんな感じ?」

「まぁ、そうですね。見てて飽きませんよ」

「止める気は?」

「ないです」笑顔が眩しい。
致死的な笑み。小悪魔なんて目じゃないぜ。

すると、カラカラと音を響かせて調理室のドアが開く。
この時間帯に来るということは……ヒルデかカツシ辺りだろうか、
と、考えながら振り向くとそこにいたのは。

「フェンネル先生っ!」声を上げたのは私じゃない。セラは先生と呼ばないし、
男の声じゃなかった。隣のリルグは早くもニヤニヤしている。ってことは。

ドアの前で暴れていたはずのジルが、フェンネルの前に直立不動で立っている。
片手には包丁。色んな意味でドキドキするシチュエーションと言えなくもないか。
少なくとも、私は遠慮したいが。

「凄い音がしてたから見に来たんだけど、どうしたの?またケンカかい?」

「い、いえっ、ちが、違いますっ」後ろ姿だけでも顔が赤いのがわかる。
しっぽはフル回転だし。それを見てセラさんがうずうずしてるのは何故ですか。

「料理は賑やかに作った方が美味しいけどね。
怪我だけには気をつけるんだよ……って、血が出てるじゃないか」

「さっきのアレだよね」

「ええ」
私たちはは顔を見合わせて苦笑。一人は笑いを堪えている。

フェンネルはハンカチを濡らし、ジルの額にあてる。
ジルのしっぽがちぎれんばかりの勢いで動いているが大丈夫だろうか。

「おい、フェンネル。あれは見つかったのか?」

「いえ、まだです。ここならあるかと思ったんですけどね」

「んな、ラブコメみたいなことせんでいいから、とっとと再開するように」

開いていたドアから顔を出したのはマスタだった。
ご飯時のこの時間は大抵自分の部屋でカスティルさんと一種に食べてるハズだけど、
ケンカでもしたのだろうか。何かいつもと比べて不機嫌だし。あのおしどり夫婦が珍しい。

「ええ、それじゃあ次回りましょうか。後はどこがありましたっけ」

「後は研究室の倉庫だ、急ぐぞ」

「はい、行きましょうか。それじゃあごめん、
私はもう行くよ。料理頑張ってね。あ、そうだ。ジル」

「は、はいっ?」裏返ってる裏返ってる。

「この前のシチューありがとう。美味しかったよ」

そういって、二人は去っていったわけだが、
私の疑問も同時に去って確信に変わったことはいうまでもない。
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